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東京高等裁判所 平成10年(行コ)77号 判決 1999年3月31日

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  控訴人根本康明は、茅ヶ崎市に対し、金四四一万〇二四五円及びこれに対する昭和六三年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人茅ヶ崎商工会議所は、茅ヶ崎市に対し、金三九六万九五八三円及びこれに対する昭和六三年一一月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、第一審、差戻前及び差戻後の控訴審並びに上告審を通じてこれを四分し、その三を控訴人らの負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人根本

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。

二  控訴人茅ヶ崎商工会議所

(主位的申立て)

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人らの訴えをいずれも却下する。

(予備的申立て)

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。

三  被控訴人ら

1  本件控訴をいずれも棄却する。

第二  認定した事実

<証拠略>を総合すると、次の事実が認められる。

一  当事者

1  被控訴人らは、いずれも茅ケ崎市の住民である。

2  控訴人根本康明(以下「控訴人根本」という。)は、昭和五八年四月二八日から本件当時に至るまで茅ケ崎市長の職にある者である。

3  控訴人茅ケ崎商工会議所(以下「控訴人会議所」という。)は、茅ケ崎市内の商工業者を会員として同地区内における商工業の総合的な改善発達を図ること等を目的として商工会議所法に基づいて設立された法人である。

二  本件協定の締結

茅ヶ崎市と控訴人会議所とは、昭和六三年三月二三日、「茅ヶ崎市職員の茅ヶ崎商工会議所派遣に関する協定書」(以下「本件協定」という。)を締結した。その内容は、市職員の派遣期間は三年とするが協議の上これを延長又は短縮することができる。控訴人会議所は、派遣された職員を同会議所の職員に併せて任命し、双方の身分を併有させる、派遣職員に対する給与の支給、休暇、分限、懲戒及び福利厚生については、市の関係規定を適用して市が行うが、派遣職員に対する出張旅費の支給、勤務時間、休日、服務及び労働者災害補償については、控訴人会議所の関係規程を適用して控訴人会議所が行うなどというものであった。

三  本件協定締結に至る控訴人会議所側の事情

控訴人会議所には、会頭、副会頭、専務理事等の役員が置かれているが、代表者である会頭はもとより、副会頭も常勤ではなく、専務理事が常勤して二〇数名からなる事務局を運営しており、控訴人会議所の定款においても、「専務理事は、会頭及び副会頭を補佐して所務を掌理し、会頭及び副会頭に事故あるときはその職務を代行し、会頭及び副会頭が欠員のときはその職務を行なう」とされていた(三二条三項)。

昭和六〇年に控訴人会議所会頭に伊藤留治が就任したが、その際の専務理事難波直治(以下「前任専務理事」という。)は既に七〇歳を超す高齢で神奈川県下の商工会議所中でも最高齢の専務理事であった上、病弱でもあったことから、伊藤会頭は、適当な後任者と交代させたいと考え、控訴人根本などにも適当な者を紹介して欲しいと伝えていたところ、茅ヶ崎市の内藤市長公室長が、昭和六二年頃、専務理事の後任として市の関係者はどうかと申し出た。伊藤会頭としては、控訴人会議所が一般的に茅ヶ崎市と協力関係にある上、専務理事の職務には役所で几帳面な事務処理を身につけた者が適当であると考え、これを受け入れることとした。以後、伊藤会頭と内藤公室長との間で交渉が進み、その間、控訴人会議所の内部には、市職員の身分を有する者が専務理事の職に就くと、会議所の運営が市長の意向に沿ったものになるのではないかとの危惧もあったが、伊藤会頭としては専務理事として会頭の指揮命令の下に職務を行わせることができると判断し、市側からも、月一回程度開かれる市の政策会議に出席させること以外には、その職務内容についての要求等がされた形跡はない。

控訴人会議所は、昭和六二年中に前任専務理事に対し、給与及び賞与等として合計六八〇万五〇〇〇円を支払ったが、前任専務理事が退職し、本件協定によって市の常勤職員(以下「本件派遣職員」という。)が専務理事となったことにより、その在職中、専務理事に対する給与及び賞与の支給を免れた。

四  本件協定締結に至る茅ヶ崎市側の事情

茅ヶ崎市は、昭和六〇年ないし昭和六二年当時、同市内の商工業が神奈川県内の他市に比較して低迷しており、市内の商工業を発展、活性化することが重要な課題であると認識しており、昭和六一年三月、同年度から昭和六五年度に至る「茅ヶ崎市総合計画後期基本計画」を発表したが、その中で、同市の商業は急激な流通構造の革新等により厳しい環境に置かれているとの認識を示し、施策の体系として、中心商店街の整備、商店街の振興及び商業団体の育成の三点を掲げたが、このうち商業団体の育成に関する施策の一つとして、「商業近代化のため、その機能が十分発揮されるよう、商工会議所および中小企業相談所の指導・相談体制の充実を促進する。」としていた。この基本計画期間中に、市が控訴人会議所と協力して行った主な活動としては、大規模小売店舗の事業活動の調整、両者共催による大岡祭及び産業展の開催、市が国や県とともに支出した補助金による控訴人会議所の中小企業の経営及び技術の改善事業、市の貸付金を原資とする控訴人会議所の小口資金無利子融資制度事業、並びに市が控訴人会議所に委託して行った中小企業近代化診断事業があった。

このような状況下で、中小企業庁は、昭和六二年五月二二日、茅ケ崎市を同年度の商業近代化地域計画策定地域(基本計画)として指定した。この商業近代化地域計画は、広域的な地域ぐるみの商業近代化を推進するため、当該地域の商業者を主体として、地域の商業近代化地域計画を策定すること等により、今後の近代化の指針とするとともに、その実現化を図ることを目的とするものであり、各地商工会議所が行う各種の事業に国が経費の一部を補助するものであって、茅ヶ崎市が指定された基本計画策定事業は、当該地域商業の中・長期にわたる見通しの下に、商業サイドから見た住みよい街づくりのプランを策定するというものであった。この事業には神奈川県及び茅ヶ崎市も国とともに補助金を支出した。

控訴人会議所では、神奈川県や茅ヶ崎市の幹部職員等の参加を得て商業近代化委員会を発足させ、同年度中に商業近代化地域計画を策定した。前任専務理事は、同委員会の事務局長となったほか、委員会の下に設けられた第一分科会にも所属していたが、右計画の策定に中心的な役割を果たしたワーキンググループには所属しておらず、同人が右計画の策定に積極的に関与した形跡はない。

茅ケ崎市では、前記のとおり、今後の重要な課題として控訴人会議所と協力して商工業の振興に当たらなければならないとの認識があった上、右計画の実施にも控訴人会議所と協力することが必要であったことから、控訴人会議所から専務理事の後任者を紹介して欲しいとの意向が示されたのに対し、その後任者として市の常勤職員を派遣して、市と控訴人商工会議所との連携を強めることが市の商工業の振興を図るのに望ましいと判断し、前記のとおりの交渉を経て本件協定の締結に至った。

五  本件派遣職員の派遣

控訴人根本は、昭和六三年四月一日、市立病院事務長であった本件派遣職員に対し、市長公室付とした上、控訴人会議所へ派遣する旨の命令を発し(以下、右命令による派遣を「本件派遣」という。)、同日、茅ヶ崎市職員の職務に専念する義務の特例に関する条例(昭和二六年茅ヶ崎市条例第六一号。以下「本件免除条例」という。)二条三号の「前二号に規定する場合を除く外市長が定める場合」という規定に基づき、一年間の職務専念義務の免除(以下「本件職務専念義務免除」という。)をした。なお、茅ヶ崎市一般職員の給与に関する条例(昭和二六年茅ヶ崎市条例第七四号。以下「本件給与条例」という。)一一条前段は、職員が勤務しない時間に対する給与支給の可否について、「職員が勤務しないときは、その勤務しないことにつき任命権者の承認があった場合(勤務時間等条例第一一条の規定による組合休暇の許可を受けた場合を除く。)を除く外、その勤務しない一時間につき、第一五条に規定する勤務一時間当りの給与額を減額して給与を支給する。」と規定しているが、控訴人根本は、本件職務専念義務免除に併せて、黙示的に本件給与条例一一条前段の承認(以下「本件承認」という。)を行った。

本件派遣職員は、昭和六三年四月一日、控訴人会議所の専務理事に任命され、前任専務理事の職務をすべて引き継いで、会頭及び副会頭を補佐し所務を掌理していたが、茅ヶ崎市は、同年一〇月三一日をもって本件派遣を取りやめた。本件派遣職員は、その間に計七回、市の政策会議に出席した外は、控訴人会議所で勤務していた。茅ヶ崎市は、その間の給料四三三万五一七〇円、それぞれ同年六月一日を基準日とする期末手当八三万〇八三〇円及び勤勉手当二五万〇二五〇円の合計五四一万六二五〇円を本件派遣職員に支給した(以下「本件給与支出」という。)。本件派遣職員が派遣期間中市長の承認なく勤務していないとした場合、本件給与条例一一条前段により、右支給額のうち、給料は全額支給されないが、同条は同条及び同条一五条の文言からして期末手当及び勤勉手当には適用がなく、期末手当には欠勤による支給制限の規定がないから、(その合理性には疑問が残るが)期末手当は全額支給され、また、勤勉手当は、茅ヶ崎市の期末手当及び勤勉手当の支給に関する規則(昭和三九年茅ヶ崎市規則第一号)一二条により、その三割に相当する七万五〇七五円が減額されるにとどまるから、その場合でも期末手当の全額と勤勉手当の七割相当額一七万五一七五円の合計一〇〇万六〇〇五円は支給されるべきことになる。

六  本件派遣職員の職務内容

本件派遣職員は、派遣されるに先立ち、茅ヶ崎市の経済部長から、市と控訴人会議所とは協力関係にあること、昭和六二年度に商業近代化地域計画が策定されたばかりであり、その実施に力を入れて欲しいなどと説明を受けた。控訴人会議所は、本件派遣職員の在職中に右商業近代化地域計画に関し、同計画のPR用のダイジェスト版を作成し、各商店会に対する説明会を行ったほか、神奈川県等と共催の中小企業人材活性化研修や茅ヶ崎市会議員の研修会において、前記ワーキンググループの一員として右計画の策定に関与した者を講師とする右計画に関する講演を行った。これらのうち、本件派遣職員が具体的に関与したのは、各会合の準備等の折衝のほかには、一一回開かれた前記説明会のうちの二回に控訴人会議所の他の担当者とともに出席したにとどまり、それ以外には本件派遣職員自身が右計画の実施について直接又は具体的な行動をした形跡はない。また、前記四記載の茅ヶ崎市と控訴人会議所が協力して行った他の事業については、本件派遣職員は大岡祭及び産業展の開催に関与したほかは直接関与した形跡がない。

本件派遣職員は、派遣が終了する際に、控訴人会議所の会頭宛に「事務申し送り事項について」と題する書面を提出しているが、同書面に記載された七項目のうち、商業近代化地域計画について今後は研究会等実施に向けた組織作りが必要であるという点、控訴人会議所が行う産業展への神奈川県からの補助金を受ける件、及び今後の会議等の行事予定以外の四項目は、新会員とのふれあい懇談会の件、補助職員の調整手当の件及び定款改正の件といった控訴人会議所の内部組織上の問題に関するものであった。

なお、本件派遣職員の供述中には、商業近代化地域計画に関する業務は事務量の半分を占めていたとの部分があるが、右供述部分には具体性がなく、右認定の事実関係に照らすと、採用できない。

七  本件監査請求及び本訴の提起

被控訴人らは、昭和六三年七月二九日及び同年八月一六日、茅ケ崎市監査委員に対し、本件給与支出が違法な公金の支出であるとして住民監査請求を行ったが、監査委員は、同年九月二六日、右請求は理由がないとする通知をした。

そこで、被控訴人らは、本件給与支出が違法であるとして、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、市長である控訴人根本に対しては支出給与相当額の損害賠償を、控訴人会議所に対しては同額の不当利得の返還を求めて本訴を提起した。

第三  控訴人会議所の本案前と主張とこれに対する当裁判所の判断

控訴人会議所は、被控訴人らの本訴請求は本件派遣が違法であることを前提としてこれによる利得の返還を求めるものであるが、住民訴訟の対象となる財務会計上の行為ではないから、控訴人会議所に対する本訴請求は不適法であり、このことは、最高裁判所第三小法廷平成一〇年六月三〇日判決(判例地方自治一七八号九頁)の趣旨からも明らかであると主張する。

しかし、本訴請求のうち控訴人会議所に対する部分は、前記認定のとおり、本件給与支出が違法であるとしてそれによって同控訴人が得た利得の返還を求めるものであって、本件給与支出が住民訴訟の対象となる財務会計上の行為に該当することは明らかであるから、同控訴人の主張はその前提を欠くといわざるを得ず、同控訴人が引用する最高裁判決は公金の支出を伴わない利益の付与が対象となった事案であって、本件とは事案を異にするものであるから、同控訴人の右主張は採用できない。

第四  本案についての当裁判所の判断

一  本件職務専念義務免除及び本件承認の適否

1  控訴人らは、控訴人会議所の業務内容と茅ヶ崎市の商工業振興策との関連性、及び本件派遣職員の控訴人会議所での具体的な職務内容と茅ヶ崎市の企画する商工業振興策との関連性からすると、本件職務専念義務免除及び本件承認は茅ヶ崎市の商工業振興という行政目的達成のためにする公益上の必要性があったから、適法であると主張する。

2  このうち控訴人会議所の業務内容と茅ヶ崎市の商工業振興策との関連性については、前記第二、四で認定のとおり、客観的な分野の面においては両者の間にはかなり密接な関連性が認められるところであり、特に大岡祭及び産業展の開催、中小企業の経営及び技術の改善事業、小口資金無利子融資制度事業並びに中小企業近代化診断事業は、市の施策を控訴人会議所が市とともに又は市に代わって実施している関係にあると認めることができる。

しかし、市の施策の中でも重要性の高い大規模小売店舗の事業活動の調整及び商業近代化地域計画の実施については、控訴人会議所の業務の範囲との関連性は高いものの、この点についての市の施策の具体的内容と控訴人会議所の業務内容にずれがないとはいえない。すなわち、これらの点につき、実際上、茅ヶ崎市と控訴人会議所の方針や活動に齟齬が生じたとは認められないものの、控訴人会議所が茅ヶ崎市内の商工業者のみを会員として組織されている団体であるのに対し、茅ヶ崎市は市内の商工業者のみならず市民全体の福祉を実現すべき責務を負っていることからすると、両者の方針や活動が常に一致するとは限らず、両者が対立することも予測し得るところであり、このことは、本件派遣を受け入れるに当たって、控訴人会議所の内部には、市職員の身分を有する者が専務理事の職に就くと会議所の運営が市長の意向に沿ったものになるのではないかとの危惧があったことからも窺われるところである。そして、控訴人会議所は、派遣を受けた専務理事には会頭の指揮命令の下に職務を行わせることができるとの判断の下に本件派遣を受け入れたことからすると、両者の対立関係が生じた際に、本件派遣職員の存在により市の意向を控訴人会議所に反映させることは、必ずしも期待できない状況にあったと認めざるを得ない。

3  次に、本件派遣職員の控訴人会議所での具体的な職務内容と茅ヶ崎市の企画する商工業振興策との関連性についてみると、茅ヶ崎市と控訴人会議所との間で本件派遣職員の職務内容を市の商工業振興策と具体的関連があるものとする旨取り決められた形跡はなく、むしろ専務理事という地位自体からして、両者ともそのような限定が困難であると認識していたと認めるのが相当であるし、前記第二、六で認定したとおり、本件派遣職員は、大岡祭及び産業展の開催には直接関与したものの、市の企画する商工業振興策と直接的な関連性が認められる中小企業の経営及び技術の改善事業、小口資金無利子融資制度事業並びに中小企業近代化診断事業には具体的に関与したとは認められず、派遣前に重点を置くように説明を受けた商業近代化地域計画の実施についても、ほとんど間接的な関与にとどまり、結局、その職務の中心は、市の企画する商工業振興策とは直接的には関連性のない控訴人会議所の内部的事務にあったといわざるを得ない。

4  以上によると、控訴人会議所の業務内容と茅ヶ崎市の商工業振興策との間には、客観的な分野の面においては密接な関連性があり、内容的にも両者が一致しているものもあるが、重要な部分においては両者が必ずしも一致するとは限らず、不一致が生じた場合にそれを本件派遣職員が解消し得るとは必ずしも期待できないし、本件派遣職員の控訴人会議所での具体的な職務内容は、茅ヶ崎市の企画する商工業振興策とは直接的には関連性のない控訴人会議所の内部的事務を中心とするものであったといわざるを得ないのであり、そうである以上、本件職務専念義務免除及び本件承認は、茅ヶ崎市の商工業振興という行政目的達成のためにする公益上の必要性があったとは認め難く、地方公務員法二四条一項、三〇条及び三五条の趣旨に反する違法なものというべきである。

二  本件給与支出の違法性

本件職務専念義務免除及び本件承認が違法である以上、本件派遣職員は派遣期間勤務しておらず(なお、本件職員は派遣期間中に市の政策会議に出席しており、その限度で市で勤務したといえないでもないが、その勤務時間は明らかとはいえないから、それに見合う給料額を算出することができず、結局、全期間を通じて欠勤したものと扱うほかない。)、そのことについて正当に市長の承認を得ていたことにはならないから、本件給与条例一一条により給料四三三万五一七〇円全額、及び茅ヶ崎市の期末手当及び勤勉手当の支給に関する規則(昭和三九年茅ヶ崎市規則第一号)一二条により勤勉手当の三割に相当する七万五〇七五円の合計四四一万〇二四五円については、本来支給すべきものではなく、違法な支出といわざるを得ない。

なお、控訴人根本は、非財務的行為である本件職務専念義務免除や本件派遣が違法であっても、これを前提とする支出が違法となるものではないと主張するが、少なくとも本件承認は勤務していない者に給与を支給するか否かを直接的に決定する行為であって、市長としては本件職務専念義務免除を違法と判断すれば直ちに本件承認を行うことをやめて給与の支給を停止することができたのであるから、本件職務専念義務免除及び本件承認と本件給与支出との間には直接的な関係があり、本件職務専念義務免除及び本件承認が違法である以上、本件給与支出は、前記の金額の限度において、控訴人根本が財務会計法規上の義務に違反してした違法な行為というほかない。

三  本件協定の効力

本件協定は、違法な本件職務専念義務免除等を前提として、市において勤務しない本件派遣職員につき市が給与を支給するという点において、違法なものというほかない。

控訴人会議所は、本件協定に右のような違法事由があったとしても、そのことから直ちに本件協定が無効となるものではなく、本件協定は私法上は有効であると主張する。

しかし、右違法事由は、地方公務員の服務や給与の根本基準といった地方公務員法の根幹にかかわる重大なものである上、勤務の対価である給与を雇い主でない者が支払い、雇い主はその代償として具体的な出捐をしないという点で、一般常識にも反する不自然なものであるから、通常人ならばその違法性を容易に理解できるものであって、しかも、控訴人会議所は、本件協定により、常置すべき役員である専務理事の職務をほとんど無償で市の職員に行わせるという一方的に利益を受ける立場に立っていたのであるから、仮にこれが無効とされても、本来支払うべきであった専務理事の報酬を支払うこととなるにすぎず、それによって不測の損害を受けるとはいい難い。とすると、控訴人会議所の主張は採用できず、本件協定は私法上も無効である。

四  茅ヶ崎市の損害

控訴人根本は、本件給与支出が違法であったとしても、茅ヶ崎市が控訴人会議所に対して不当利得返還請求権を取得する以上、市に損害が発生したとはいえないと主張する。

しかし、本件給与支出が違法である以上、その支出の都度、その金額の損害が茅ヶ崎市に発生するというべきであって、それと同時に市が控訴人会議所に不当利得返還請求権を取得するとしても、そのことは、同請求権が履行されればその限度で市の損害が填補されるというにすぎず、損害の発生自体を妨げるものではなく、右主張は採用できない。

また、控訴人会議所は、本件派遣職員は理事として茅ヶ崎市の職務を行っていたから、市に損害が発生したとはいえないと主張する。

しかし、本件派遣職員が理事としての職務を実際に行ったのは、前記のとおり、市の政策会議に出席したことに限られ、その出席(勤務)時間も確定できない程度のものであるから、茅ヶ崎市には前記二の違法な支出相当額全額の損害が発生したというべきであり、右主張は採用できない。

五  控訴人根本の責任

控訴人らは、本件に類似する職員の派遣は他の自治体でも行われており、それが適法であるとの見解もあったから、本件給与支出が違法であるとしても、控訴人根本には故意過失がなかったと主張する。

しかし、本件職務専念義務免除及び本件承認、ひいては本件給与支出に存する前記違法事由は、地方公務員の服務や給与の根本基準といった地方公務員法の根幹にかかわる重大なものである上、市で勤務しない者に給与を支払うという点で、一般常識にも反する不自然なものであるから、通常人でもその違法性を容易に理解できるものであって、市長として茅ヶ崎市の支出に責任を負うべき控訴人根本としては、当然に本件給与支出の違法性を認識すべきであったというべきであり、少なくとも右違法な支出をするに当たり過失があったと認められる。

六  控訴人会議所の不当利得

控訴人会議所は、仮に利得を得たとしても、同控訴人は善意の利得者であって右利得は現存していないと主張する。

確かに本件全証拠によっても、同控訴人が悪意の不当利得者であったとは認定できない。しかし、専務理事は同控訴人が常置すべき常勤の役員であり、その性質上、控訴人会議所が相当額の報酬を支払うべきものであるのに、本件協定によって、本件派遣職員に専務理事としての職務を行わせながら、その報酬の支払を免れたのであるから、本件協定が前記のとおり無効である以上、控訴人会議所はその報酬相当額の支払を免れたという金銭上の利得を得たというほかなく、その利得は金銭上の利得という性質からして現存していると認められる。そして、その利得の額は、前任専務理事に支払っていた給与相当額を上回るものとまでは認め難いが、これを下回るものではなく、本件派遣職員の派遣期間は七か月であるから、前任専務理事の年俸の一二分の七に相当する三九六万九五八三円と認められる(なお、控訴人会議所は、本件派遣職員に対して茅ヶ崎市が支払った給与の額を知らなかったと主張するが、右金額は、前記の茅ヶ崎市の損害額を下回るものであるから、右主張は同控訴人の不当利得額に関する認定判断を左右するものではない。)。

また、控訴人会議所は、本件派遣職員が茅ヶ崎市の理事として勤務した点につき、損益相殺をすべき旨主張する。

しかし、右勤務は前記のとおり僅かなものであってその勤務時間を特定することもできないものであって、しかも本件派遣職員は派遣期間を通じて専務理事としての職務を遂行したのであるから、それによって控訴人会議所は前記金額全額を不当に利得したと認められ、これを減額すべき理由は見当たらない。

なお、控訴人会議所は、右金額の不当利得返還義務を負うところ、本件訴状送達の日の翌日である昭和六三年一一月九日以降遅滞の責めを負うと解するのが相当である。

七  結論

以上によると、被控訴人らの本訴請求は、控訴人根本に関する部分は金四四一万〇二四五円と本件給与支出が終了した後の昭和六三年一一月一日以降の民法所定の遅延損害金の支払を求める限度で、控訴人会議所に関する部分は金三九六万九五八三円と前記昭和六三年一一月九日以降の民法所定の遅延損害金を求める限度でそれぞれ理由があるが、その余は理由がないから、控訴人らの本件控訴に基づき、原判決を右の限度で変更し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六七条二項、六一条、六四条本文、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。なお、控訴人両名の債務は、控訴人会議所の債務の限度において、不真正連帯債務の関係にある。

(裁判長裁判官 高木新二郎 裁判官 末永 進 裁判官 藤山雅行)

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